説教の貧しさを悲しみ

説教の貧しさを悲しみ、神の言葉を語る困難に行き悩んだ。いつも自由に聖書を引用することができる教授が時に立ち止まり、私を見上げるようにして、時には叱責の響きを込めて口にされたのが、このイザヤ書の言葉である。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、177頁

2020年6月14日(日)

「このイザヤ書の言葉」とは下記のことばです。散策の道で教授から語られた慰めの言葉です。説教者は、ときに自分の語る宣教の言葉に、厳しく自己反省をします。「貧しさに悲しみ」「困難に行き悩」みます。しかし語る言葉が神の言葉であるならば、それが虚しく返ってくることはない。かならず神さまの望むことを成し遂げ、神さまが与えられた使命を果たすのだ、と、神さまは語ってくださいます。

「そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も/むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ/わたしが与えた使命を必ず果たす。」(イザヤ55・11)