ご自身こそいのちのパンであるとの再三の宣言に人びとは去った。多くの弟子たちも去った。12人だけが残った。そこで主は12人は私が選んだのだと言われた。ユダも含まれている。裏切りは、この選びの拒否として起こった。恐ろしいことである。ペトロすらも、主に悪魔だと言われ、主を知らないと裏切ることになる。主イエスと人間との間に生じた、この亀裂に戦慄を覚える。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、100頁
2020年4月1日(水)
神さまの選びの拒否が悪魔になるということなのです。神さまの選びを拒否するということは、自分の力だけで生きようとすることです。自分の判断力、自分の知恵や知識によってのみ生きようとすることなのです。それらこそ正しいとして人びとの心を無視すること、さらには神さまのお心を無視することなのです。悪魔となってしまっては人生が祝福されるはずがありません。
主イエスさまを信じる者は、つねにイエスさまの選びの中にあることを喜びたいと思います。
「すると、イエスは言われた。『あなたがた十二人は、わたしが選んだのではないか。ところが、その中の一人は悪魔だ。』」(ヨハネ6・70)