お前たちのようにかたくなな民とは、私が一緒にいないほうがよいだろう、そうでなければ、私の怒りでお前たちは滅んでしまうと言われた民、私は、この民の姿をひとごとでなく切実な思いで思い描いた。自分もかたくなな子だといつも言われていたし、自分もそうだと思うことが多かったからである。じぶんのこころが硬くこわばったとき、自分のこころが潤いを失っていることを、愛などというものから遥かに遠くにいることを感じ取る、悲しみを覚えていたからである。神の民も寂しかったのではないかと、よく考えたものである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、88頁
2020年3月21日(土)
頑なである、ということは罪なのだと思います。神さまに対してい頑なである、うなじがこわいということは、神さまの御心に対して素直に従うことができない、神さまの前に首を垂れることができない、膝まづくことができないということです。
頑なでないためには、柔らかでなければなりません。柔らかであるためには、潤いが必要でしょう。神さまに愛に満たされいつも潤い頂いていなければなりません。
「あなたは乳と蜜の流れる土地に上りなさい。しかし、わたしはあなたの間にあって上ることはしない。途中であなたを滅ぼしてしまうことがないためである。あなたはかたくなな民である。」(出エジプト33・3)