私たちは<苦しむ者>と呼んでいます

ふと顔を上げると、天上に近く、梁の上に、小さなキリスト像があった。じっとうずくまるキリストである。「ああ、あんなところにキリストがおられる」。そう私が呟くと、案内をしていた牧師が言われた。「そう、キリストです。しかし、私たちは<苦しむ者>と呼んでいます」。・・・その人びとが肩を寄せ合って祈るとき、それを見下ろすキリストがおられたのである。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、86頁

2020年3月19日(木)

苦しみの中にあるとき、神がその苦しみを共にしていて下さる、と聖書は語ります。

「苦役を課せられて、かがみ込み/彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように/毛を切る者の前に物を言わない羊のように/彼は口を開かなかった。」(イザヤ53・7)