苦しむとき、私たちは洞穴に入りたがる。ひとの言葉を拒否する。今こそ、それが必要であるはずなのに。自分で自分を殺して閉じこもる洞穴。神の声を聴かず、隣人の声を聞こうとしない洞穴。私は、ヨハネ福音書が、既に記していた主の呼び声をそこで聴くことができる。「ラザロよ、出てきなさい!」(第11章43節)。このとき、主は涙を流しながら、あるいは涙の跡をみ顔に残しながら、叫んでおられるのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、75頁
2020年3月8日(日)
十字架のもとに出ていく。それが唯一の解決である、といいます。罪の中に、自己憐憫の中に、あるいは自己嫌悪の中に閉じこもろうとする私が、真実の解放を得るところは、十字架のもとである、というのです。
「こう言ってから、『ラザロ、出て来なさい』と大声で叫ばれた。」(ヨハネ11・43)