英国の詩人ミルトンは、『楽園喪失』のなかで、天地創造に先立ち、既にキリストがサタンと戦い、地獄に追い落とされた物語を書いた。まさに父母未生以前の闇を問い、そこに既に神の子の勝利の光があったことを語っている。私たちは闇から生まれ、闇に向かう。非存在から非存在に、無から無に向かう。だが、それもまたすべて永遠の光のもとにあり、その光のなかでのことなのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、70頁
2020年3月3日(火)
「父母未生以前」。「父母」はこの場合「ぶも」と読むそうです。無から有を生み出された神さまは、私たちをも創造されました。私たちは「土の塵」から創造されました。それもまた無から創造されたということでしょう。父母未生以前の闇も、すでにイエスさまの御手の中にあり、永遠の光の中にあるのです。私たちはイエスさまに出会って、まことの命を見いだすことができるのです。
「盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである。」(ヨハネ10・10)