たとえば、たいへんよく知られている、フランスのコルマールで今は見ることができるイーゼンハイムの祭壇画でも、強烈な印象を与える青白い十字架のイエスの傍らに同じように印象深く立つのが洗礼者ヨハネであるが、その口から、この言葉が語り出されている。あるドイツの神学者の、これについての言葉を読んだことがある。「わたしは衰える」と言うが、ヨハネは、まるでがっしりした樫の木で刻んだかのように逞しい。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、69頁
2020年3月2日(月)
バプテスマのヨハネは、主イエスさまの前に、自らが衰えなければならない、と告白することができました。それを、逞しさというのです。この逞しさこそ、私たちが自分の人生を豊かに生きる、意義深く生きる道を拓きます。
「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない。」(ヨハネ3・30)