悪魔はかつては天使の長でした。あなたの美点がチンパンジーのそれよりもはるかに上質のものであるように、悪魔の美点は、あなたのそれにははるかにまさるものでした。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、488-489頁
2019年12月15日(日)
聖書の語る罪とは、不道徳や犯罪、見るからに醜悪な行為ということいっているのではありません。もちろんそういうことも罪と考えることは大切なことです。しかし最も大きな罪、あるいは罪の根本的な問題、それは「神のようになる」ということです。ですから自分の中になにか「美点」があるとすれば、それこそ罪への道の大きな入り口なのかもしれません。逆に醜悪な点があるとすれば、それに開き直ってしまうならば、美点と同じことなのですが、その貧しさの中に生きようとするならば、そしてただ神さまのあわれみを乞うことに生きるならば、そこに清めへの一歩を踏み出すことができるでしょう。
「心の貧しい人々は、幸いである、/天の国はその人たちのものである。」(マタイ5・13)