真の宗教こそが、神秘主義に価値を与えるものです。たまたま神秘主義的な信仰を内包しているからといって、その宗教が正しいものであるとは言えないのです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、487-488頁
2019年12月14日(土)
今日12月14日は「十字架のヨハネ」の日ということで、このルイスの本の今日の個所も「十字架の聖ヨハネ」と表題がついています。それで神秘主義について記されているようです。
神秘的な体験とは、この世からの脱出についてのことについてであり、脱出したその行先については、さまざまである、ということでしょう。神秘的な体験があるからと言ってその宗教が真実を語っているとは限らないということでしょう。
これは宗教的なさまざまな体験についてもいえることではないでしょうか。奇跡が起こったからといってそれが真実の信仰を語っているのではありません。さまざまな問題が解決したからといってそこに真実があるとは限らないということです。
真実は常に神さまの側にあるということなのだと思います。
「彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にしたのです。このような人のことをわたしは誇りましょう。しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません。」(第2コリント12・4-5)