・・・神が私たちになさったのはこういうことです。すなわち神の第二の位格、子なる神は御自身人間となられ、生身の人間としてこの世にお生まれになりました。つまり特定の背丈、特定の体重、特定の色の髪の毛をもった、特定の言語を話す人間として。
すべてをご存知の永遠の存在者、全宇宙を創造された神が一人の人間となられたばかりではありません。。それに先だって赤ん坊となり、さらにそれに先だって女性の体のうちの胎児となられたのです。
それがどういうことか、理解しようと思うなら、あなた自身がなめくじに、あるいは蟹になったらうれしいかどうか、考えてみて下さい。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、473-474頁
2019年12月3日(火)
罪びとでしかなく、滅びに向かうしかなかった私たちを神の子とするために、神御自身が人間となって下さいました。それがイエス・キリストです。それはへりくだりや謙遜という言葉では表し尽くすことのできないショッキングな出来事です。自分自身を「無」にされたことでした。
「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。」(フィリピ2・6-8)