相手との人格的な関係

つまり、神に対する祈りの効用についての疑念と同じものが、人間に対する私たちの願いごとにもある程度つきまとっているのです。
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私たちの確信は、科学的な知識とはまったく種類を異にしています。そうした確信は相手との人格的な関係から生れます。相手に関する何ごとかを知っているからでなく、彼らの人となりを知っていることから生まれたものなのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、447-448頁

2019年11月15日(金)

祈りは人格的な交わりの中になされる愛の交流である、ということでしょう。祈りが祈りとなるためには、祈っている相手を深く知るということが前提であり、同時に目的であるのだ、と思います。

「同様に、“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。」(ローマ8・26)