キリスト教は、この暗黒の力は神によって創造されたもので、創造されたときはよい力であったのが、その後間違った方向に向ったのだと考えています。その点が二元論と違うのです。
キリスト教も二元論と同様、この宇宙を善と悪の二つの力の間の戦いの場だとしていますが、その戦いは独立した二つの力の間のそれではなく、いわば内乱であって人間は謀反軍によって占領されている宇宙の一隅に暮らしている存在だ―そう考えているのです。
敵に占領されている領土―この世界はまさにそれです。キリスト教は正当な王がこの占領された領土に身をやつして上陸し、私たちすべての大規模の抵抗運動に加われと呼びかけておられることを告げます。教会に行くということは、味方の発信する秘密の放送を受信することです。それだから敵は、私たちが教会に行くのをやっきになって妨げようとしているのです。敵は私たちの自惚れ心に、怠惰な傾向に、知的な俗物根性につけこんで、妨害しようとするのです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、402-403頁
2019年10月15日(火)
自惚れ、怠惰、知的な俗物根性。こういったものが私たちを神さまから遠ざけてしまいます。しかしそれらは私たち自身の中にある問題です。このような問題を持った私たちを救うため、解放するために、神さまは「身をやつして」この地に来てくださいました。それがイエス・キリストです。そして十字架と復活において勝利してくださいました。私たちはいまだ戦いの中にあるのですが、その戦いはすでに勝利が確定しています。
「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」(エフェソ6・10-12)