私たちは神が私たちのうちに注いで下さった葡萄酒に毒を注ぎ、神が私たちという楽器を用いて奏でようとしていらっしゃるメロディーを殺し、神が描こうとなさった神の自画像を戯画化してしまうのです。こうしてすべての罪は、何よりもまず冒瀆の罪です。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、369頁
2019年9月21日(土)
本来、善いもの、として私たちは造られました。しかし造り主である神さまを冒涜したことによって罪びととなりました。そして死ぬ者となりました。つねのこの冒涜という罪にさらされています。神さまに従順に生きられたイエスさまによって、私たちは罪ゆるされ永遠のいのちをいただくことができます。
「だから、言っておく。人が犯す罪や冒涜は、どんなものでも赦されるが、“霊”に対する冒涜は赦されない。」(マタイ12・31)
「以前、わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。」(1テモテ1・13)