自分自身を悪しき人物のなかに投影するためには何かをすることをやめさえすればよいので、その何かをすることに、私たちはもともとうんざりしています。一方、私たち自身をよい性格の人物のうちに投影するには、私たちにはできるわけもないことを試み、現実の自分と似ても似つかぬものになる必要があります。
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ミルトンのうちにサタンが住まわっていたからこそ、ミルトンはサタンを上手に描くことができたのです。私たちのうちのサタンのゆえに、私たちが彼を鑑賞することができるように。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、367-369頁
2019年9月20日(金)
悪魔は私と関係がないとしているときにこそ、悪魔の誘惑にさらされているのかもしれません。悪魔は私のうちにこそ巣くっているのでしょう。
「あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、その父だからである。」(ヨハネ8・44)