悪魔の専制君主であるサタンは、神ではなく、いわば天使ミカエルの対立者

天使のうちのあるものが与えられた自由意志を濫用することによって神に敵対するもの、したがって私たち人間の敵となったと考えられているのです。そうした堕落した天使を小悪魔と呼んでもいいでしょう。それらの小悪魔は性質のうえではよい天使と違いません。しかし、その性質が堕落したのです。
悪魔が天使の対極であるのは、悪人が善人の対極であるのと同じ意味においてです。悪魔の専制君主であるサタンは、神ではなく、いわば天使ミカエルの対立者なのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、365-366頁

2019年9月18日(水)

神さまは絶対者ですから、その神さまに対極として存在しているのが悪魔である、というのは聖書の語るところではありません。絶対者は神さま以外には存在しないのです。聖書が語る悪魔は、人間を惑わす、すなわち神さまから引き離す霊的な存在ということで、それは天使に対極する存在です。天使も悪魔も確かに存在するのですが、ことさら天使も悪魔も強調する必要はないでしょう。大切なことは、罪人である私たちが、絶対者である神さまの救いにあずかることです。罪人であるということは、神さまのようになろうとの願望に生きているということですから、救われるということは、神さまを神さまとするということです。常に神さまを主とするところに救いの道があるのです。悪魔は私たちが常に主としようとすることを阻もうとし、天使は逆に励ましています。

「大天使ミカエルは、モーセの遺体のことで悪魔と言い争ったとき、あえてののしって相手を裁こうとはせず、『主がお前を懲らしめてくださるように』と言いました。」(ユダ9)