被造物としての応答において神御自身の善にあずかること

私たちの好むと好まざるとにかかわらず神は私たちに、私たちが必要としているといま誤って思いこんでいるものではなく、私たちが本当に必要としているものをお与えになるおつもりなのです。
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みずから神になること―つまり神に似たものとなって、被造物としての応答において神御自身の善にあずかること―あるいは悲惨となること―道は三つしかないのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、361-362頁

2019年9月15日(日)

上記引用の下のほうの文章は、

「自ら神になること―あるいは神に似たものとなり、被造物としての応答において神の善を神おん自らと共にすること―あるいは悲惨となること、道は三つしかないのです。」(『C・C・ルイス宗教著作集3』、63頁)

「つまり」となっていたのでわかりにくかったのですが「あるいは」でよく分かるようになりました。

キリスト者として生きるということは、この三つのうちの二つ目の生き方を選択するということでしょう。私たち人間は、みずから神になろうとすること、あるいは神さまから与えられたものを拒むことによって生きづらくなるのです。

「神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。」(第1コリント3・17)