「そう、そのとおりだわ、嫉妬というものはね、ふつう原因があって生じるものではないのよ。それはもっと-なんて言ったらいいかしら・・・もっと深いところに根ざしている。自分の愛がむくいられないという認識にもとづいている・・・だから人は待ち、見守り、期待しつづける・・・恋人がほかの人に心を向けることを、それは、くり返し、同じようにして起こるのよ。だからこのアースキン夫人は夫のために人生を地獄にしてしまった、夫もまたそれをどうすることもできずに、彼女のために人生を地獄にしてしまった。でも一番苦しんでいるのは彼女だと思うわ。それでも、彼は本当は妻が好きなのではないかしら」
アガサ・クリスティー、『スリーピング・マーダー』、綾川梓訳、270ページf
過去に起こった殺人事件を興味本位で追いかけることになった若い夫婦。それを心配して手助けするミス・マープル。事件のあらましが見えてくる中で数人の容疑者が浮かび上がります。しかし真犯人は意外な人物でした。
浮かび上がった数人の容疑者の中の一人リチャード・アースキンとその妻について、若い夫婦とミス・マープルが話し合っています。その中でのミス・マープルのことばです。
嫉妬。広辞苑によれば
(1)自分よりすぐれた者をねたみそねむこと。「―心」
(2)自分の愛する者の愛情が他に向くのをうらみ憎むこと。また、その感情。りんき。やきもち。「妻の―」」
と書かれています。ねたみ、そねみ、やきもち、です。「自分よりも優れた人」がそばにいると人は「ねたみ」ます。そのねたみの原因はそばにいる自分よりも優れた人ということです。「自分の愛するものの愛情が他に向く」と人は「やきもち」をやきます。そのやきもちの原因は愛情を引きつけた対象となった人が原因でしょう。しかしミス・マープルは、そういう原因によって実は生じているのではない、といいます。もっと深いところ、それは「自分の愛がむくいられないという認識」によって生じているというのです。問題を引き起こした「要因」は自分の外にあるかもしれませんが「原因」は自分の外にあるのではなく自分自身の中にあるということでしょう。
ねたみ、そねみ、やきもちに心が騒ぐ時、そのような心にさせた「要因」に目を向けるのではなく、心を静かにして自分自身の中にある「原因」に向き合ってみることが大切ですね。心健やかに生きる秘訣です。原因が自分の中にあるならば解決は可能です。神さまによって解決して頂きましょう。
また自分が要因となって自分に対して嫉妬心をもたれて困る時、原因が相手にあるということならば、どんなに要因である自分が変わってもその嫉妬心はなくならないかもしれません。神さまにゆだねるしかないでしょう。自分を責める必要は全くないのです。
人間はなかなか複雑です。
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