真の友情の始まりを特徴づける表現は

友情は二人、もしくはそれ以上の数の人間が他の人々が持ち合わせていない、そして、当人がその瞬間まで自分だけの宝(あるいは重荷)だと信じていた考えとか関心、あるいは好みを、相手もまたもっているのだと気づいた瞬間に、そうした共有の意識から生れます。真の友情の始まりを特徴づける表現は、「え、きみも? そんなふうに考えているのはぼくだけだろうと思っていたのに」といった、驚きの声ではないでしょうか。
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仲間意識の根底には、共通の信仰、共通の研究、共通の職業、共通の娯楽といったものがあるのかもしれません。そうしたものを私たちとともにする人々はすべて、私たちの仲間です。しかしそれ以上の何ものかを共有するごく少数の人間だけが、私たちの真の友人と言えるのです。エマーソンも言ったように、この種の愛においては「きみはわたしを愛しているか?」は、「きみは私と同じ真理を見ているか?」という意味なのです。他の人々がほとんど関心を示さぬ、何らかの問題の重要性について私たちと一致した意見をもつ人は、私たちの友人と言えるでしょう。必ずしも私たちと同じ答を出す必要はないのですが。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、244-246頁

2019年6月21日(金)

人間は神さま以上に宗教的になるとある説教集の中に書かれていました。互いの違いばかりをみて、自分の優位性を発見したくなるところには、高慢があるだけではないかと思います。必ずしも同じ答えを出す必要はないのです。同じ真理を見ているというだけで友人なのです。

「わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」(マルコ9・40)