私たちには他者が必要なのです

神の愛は与える愛です。父なる神は御自身のすべてを、すなわちその全存在、全所有を御子に与えておられます。御子は御自身を父なる神に返し、この世に与えておられます。キリストが御自身をこの世のためになげうたれたということは父なる神にご自身をささげることであり、彼はまたそれによってこの世を(彼において)父なる神のために取りもどされたのです。
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人間はまったく無力な存在としてこの世に生を享けます。十分な意識をもつようになると、人間は自分の孤独に気づきます。人間は生理的にも、感情的にも、知的にも、他者を必要とするのです。何かを知るためには、いえ、私たち自身を知るためにさえ、私たちには他者が必要なのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、225-226頁

2019年6月8日(土)

私たちは愛がなければ生きていけないのです。つねに愛を求めて生きることになります。この世にはさまざまな愛がありますが、いずれも欠けを持っています。愛を求めつつも、この世の愛では完全な満足を得ることができません。神さまは完全な愛をお持ちのお方であり、愛そのものです。神さまにお出会いして、私たちははじめて完全な愛に出会います。神さまとともに歩みはじめることによって、いのちに生きることができます。

「愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。」(第1ヨハネ4・8-9)