日がな一日私たちは、身近な人がこれら二つの運命のどちらかに向うよう、多少とも手助けをしているのです。空恐ろしいような、そうした可能性に照らして私たちは、それにふさわしい畏怖と慎しみをもって、お互いに対する態度、友情、愛、遊び、政治の一切を律すべきです。ありきたりの人間などというものは一人もいません。私たちが気やすく話しかける相手に、何の価値をももたぬ、単なる人間などというものは一人もいません。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、223-225頁
2019年6月7日(金)
やがての審判にすべての人が立つのだ、ということなのですから、今私が話しかけている人もやがてその審判に立ち、天国か地獄かのどちらかに向かう者となるということです。その厳粛な思いを大切にして人間関係をかたちづくることが大切なのです。
「すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』」(マタイ25・37-39)