傲慢は、直接に地獄から

他の、それほど悪質でない悪徳は、私たちの動物的な性質を通じて働くのですが、傲慢は、直接に地獄からきます。
・・・
傲慢はしばしばより単純な悪徳を抑えるのに利用されることがあります。・・・悪魔はあなたがどんなに貞潔な、勇敢な、自制心に富んだ人間になろうとも、あなたのうちに自尊心という独裁者の支配を確立することさえできれば満足でしょう。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、133頁

2019年4月3日(水)

自分の自制心によって小さな悪徳を制御していることで、自分の自尊心が満足せられ、他の人びとを見下しているとすれば、すなわち傲慢になってしまうとすれば、それこそ最大の罪の中にあるということでしょう。
下記の第2ペトロの言葉によると、人間は
愛のない兄弟愛、兄弟愛のない信心、信心のない忍耐、忍耐のない自制、自制のない知識、知識のない徳、徳のない信仰
に、生きてしまうことができるということです。
この中で自制に注目するとすれば、忍耐のない自制ではなく、忍耐のある自制が必要であるということでしょう。
自制は、忍耐、耐え忍ぶことによって光り輝くということでしょう。

「だから、あなたがたは、力を尽くして信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、信心には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」(2ペトロ1・5-7)