誰でもよい人間になろうと一心に努力しはじめるまでは、自分がどんなにわるい人間であるかを思い知ることがありません。
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風の力は、それにさからって歩いてみてはじめてわかります。寝ていてわかるはずはありません。
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わるい人たちは、ある意味では悪の力の恐ろしさを知らないのです。彼らはいつも誘惑に負けています。だから、悪の攻撃から、いわば守られているのです。
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キリストは誘惑に対して屈服したことのない唯一の人間であったと同時に、誘惑の力を知りつくしておられる、ただ一人の人間でありました。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、110頁
2019年3月18日(月)
戦いを経験してはじめて、戦いの厳しさ、敵の強さを知ります。戦ったことのない人、誘惑にいつも負けている人には、誘惑の恐ろしさがわかりません。主にある者は、降りかかる誘惑と戦う者です。
「さて、イエスは聖霊に満ちて、ヨルダン川からお帰りになった。そして、荒れ野の中を“霊”によって引き回され、四十日間、悪魔から誘惑を受けられた。その間、何も食べず、その期間が終わると空腹を覚えられた。」(ルカ4・1,2)
「それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます。」(ローマ7・21)