キリストが人間のために死んで下さったのは、まさに人間がキリストの死に値しない者だからです。彼は人間がそれに値する者となるために死んで下さったのです。
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神の愛は底知れぬ深みに届くほど限りなく豊かですが、その手だても、同じく限りなく豊かであるに違いありません。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、70f頁
2019年2月16日(土)
人間がキリストを十字架につけてしまったという事実に、いかに人間がキリストの死に値しない者であるのか、キリストのいのちに値しない者であるのか、が現われています。それと同時に、十字架によって、神が命を捨てるほどに大切な存在であることが明らかにされました。もちろんそれが人間の側に何らかの価値、長所があったからでは全くありません。
人間の罪は神が命を捨てなければならないほどに大きなものでした。しかし神さまは、ご自分の命を捨ててまで、そのような人間を救いたいと願われました。それが十字架です。
「この世の支配者たちはだれ一人、この知恵を理解しませんでした。もし理解していたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。」(1コリント2・8)