クリスチャンだからといって、ほかの宗教はどこからどこまで間違っていると思いこむ必要はないのです。・・・クリスチャンは、宗教はすべて(そのうちの最も奇妙なものでも)、少なくとも真理の何らかの片鱗を含んでいると考えることができます。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、48頁
2019年1月30日(水)
福音派の多くは、ほかの宗教を偶像礼拝として排斥する空気があるようです。しかしキリスト教会は必ずしもそのような歴史を歩んできたわけではありませんし、また聖書は必ずしもそのように語っていることでもないように思います。むしろ新約聖書では、できるだけ他者の違いを受けいれ、柔和で平和に生きるようにとの招きが書かれているように思います。
ですから私は冠婚葬祭も地域社会の宗教行事もできるだけ学ぶ姿勢をもって参加するようにしています。
「パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。『アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、「知られざる神に」と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。』」(使徒言行録17・22~23)