あなたの救いを見る

キリストはわれらの罪をにない、義は地上に生じ、人間は生き、時満ちたときにもたらしてくださるあなたの救いを見ることがゆるされるようにしてくださいました。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、169頁

〔律法が入り込んで来たのは、罪が増し加わるためでありました。しかし、罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました。こうして、罪が死によって支配していたように、恵みも義によって支配しつつ、わたしたちの主イエス・キリストを通して永遠の命に導くのです。〕(ローマ5・20,21)

2018年7月28日(土)

律法によって罪が増し加わる、とは、律法によって何が罪であるのかが明らかになるということであり、人間は自らが罪びとであるということを知るということでしょう。

罪が増し加わるところに、恵みが満ちあふれる、とはその罪が、一方的な神さまのご愛によって、具体的には御子イエスさまの十字架と復活によって、ゆるしの道が開かれたということでしょう。ゆるしに出会って、神さまの恵みの深さ広さを知るのです。

そうすると、この恵みの深さ広さを知るためには、自分がどんなに深い罪びとであったのかを知る必要があります。自分が罪びとであるということがわかっていないと、神さまの恵みを知ることが出来ないということでしょう。

この恵みを知るということは、人生が義によって支配され、主キリストを通して永遠のいのちに導かれるということを、知ることでもあります。

人生が義によって支配されること、永遠のいのちに導かれていること、があやふやだとすれば、私たちは神さまの恵みがわかっていないのです。

罪がゆるされたといって開き直り、罪を容認するようなことがあるとすれば、その人生は義に支配されていないので、本当の救いをいただいていないこととなります。