人生の戦いがあなたのあわれみにより正しく導かれるように、心にかかるすべての事を、生活を祝福してください。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、170頁
〔キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです。〕(ローマ14・9)
2018年7月29日(日)
人生における戦いとはいったい何でしょうか。生きていくということが、そのものたやすいことではなく、戦いであるということでしょうか。生きていくことを難しくさせてしまうこととはいったいどのようなことでしょうか。
人生には、病気や苦しみ、様々な問題があります。そのような問題は、生きていくことを難しくさせてしまいます。しかしそのようなことが問題であると思うということは、生きたいという願いがあるからだと思います。
ほんとうの問題は、そのような問題によって生きることをあきらめてしまうといこと、義に生きるということをあきらめてしまうということではないかと思います。
そうすると人生の本当の戦いは、このあきらめとの戦いではないかと思えてきます。
自分の力のみで生きている人生であれば、この戦いにどのように戦い勝利の道を模索していっていいかわかりません。しかし神さまは、私の人生の主となってくださいました。そのために十字架と復活のみわざをなしてくださいました。罪のゆるしと永遠のいのちを信じるということは、この人生をあきらめないで生きる力をいただくことなのです。信仰は人生をよりよく生きていく道を与えるのです。