約束の持ついのち

あなたはわれらに約束の持ついのちを与えてくださいました。われらはわれらのすべての信仰を、約束によって常にくりかえし光あるものとすることがゆるされました。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、72頁

〔ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。〕(第2ペトロ3・9)

2018年3月26日(月)

イエスさまを信じる者には皆永遠のいのちが与えられました。このいのちは「約束の持ついのち」であるといいます。約束というものが持っているいのちということでしょうか。約束には手があって、その手がいのちをつかんでいる、約束がなければそのいのちは宙ぶらりんであるということでしょうか。確かに永遠のいのちが与えられたといことは、いまこの時与えられているのですが、それは同時に将来に与えられるということでもあります。今与えられているということは、約束によって与えられているということでしょう。私たちはこの約束を信じているということでしょう。

人間同士の約束には常にそれが反故にされるという不安をはらんでいます。約束の確かさはそれを結ぶ人の確かさによります。永遠のいのちの約束の確かさは、ただひたすら神さまの確かさにかかっています。

神さまの確かさは、十字架と復活による確かさです。

受難週を迎えました。聖週間です。私たちは主の十字架を深く覚えつつ、復活の希望に生きます。