皆ともにあなたの子

まことにわれらは皆ともにあなたの子であることをゆるされ、あなたがわれらにしてくださり、しようとしておられることのゆえに、賛美の歌をうたうことがゆるされております。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、72頁

〔父がその子を憐れむように/主は主を畏れる人を憐れんでくださる。/主はわたしたちを/どのように造るべきか知っておられた。わたしたちが塵にすぎないことを/御心に留めておられる。〕(詩編103・13)

2018年3月25日(日)

神さまの子であることを、神さまがゆるしてくださいました。それは大いなる特権ですが、他のすべての人々にまさって神さまの子であるというのではありません。他のすべての人々とともに神さまのことであることがゆるされているのです。自らを神の子としてくださった喜びとともに、他のすべての人々が神の子とされていることを喜ばなければなりません。

イエスさまを信じた者はみな神の子とされるのです。それは同時にイエスさまを信じない者は神の子ではないということになりますが、イエスさまを信じているか信じていないかを、人間は完全には知ることはできません。今の時点では信じていなくても将来に信じるかもしれません。あるいは過去に信仰の告白をしたかもしれません。私たちはすべての人は神の子とされている、あるいは神の子とされる可能性を持っていると、信じたいと思います。

ましてや教会の兄弟姉妹は、神さまの子です。キリスト教の歴史を振り返るとその兄弟姉妹の中に多くの争いが起こりました。いまもそのようなところが少なくありません。せめてカトリック、東方教会、プロテスタントがお互いの垣根を越えて神さまの子とされた喜びのうちに一つとされることを願いたいと思います。私たちはもともとは塵にすぎないものなのですから。