全き静けさの中に

全き静けさの中にわれらはみもとに赴き、待ちこがれつつも聖霊を求めて祈り願います。待つことはなおわれらに負わされている課題です。

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人間の死ばかりの中に光が照ることを、われらの交わりの外的な生活が荒れくるい、われらをのみこみ、もはや立ち直れないほどに渦の中にまきこんでしまうかのようであっても、自分の内なる生活には絶望することはゆるされないのだということを、願っています。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、71頁

〔定められた時のために/もうひとつの幻があるからだ。それは終わりの時に向かって急ぐ。人を欺くことはない。たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない。〕(ハバクク2・3)

2018年3月24日(土)

たとえほんのわずかの時間であっても、全き静けさの中に過ごすことが難しい時代を迎えています。私たち人間の人生の中には、この全き静けさの時間が必要なのです。全き静けさの中に、私たちは神さまももとに赴きます。待ちこがれつつ聖霊を求めて祈り願います。

待つことが私たちの人生の課題であるといいます。あまりにも性急な世界の中にあって、待つことは難しいことです。待ち望むことは、信仰によってのみ可能なのかもしれません。時に信仰が、人間の性急な心を満足されるための道具となり果ててしまったかに見える宗教がこの地には蔓延しています。しかし真の信仰は、待つことの難しい人間に、待つことを得させる力を持っているはずです。

私たちはいかなる時も待ち望みます。絶望することは許されないのだということを願っています。静かな時間、自分の内なる生活を大切にしなければなりません。