・・・それで、そいつは家に帰った。お父さんは、ばかな息子はもう何年も前に死んだものと思っていたから、うれしさのあまりわっと泣きだした」
ペネロピーは微笑した。「帰郷した放蕩息子の話ね。キリストのたとえ話の」
「それはいいけど、この話のどこがポイントかわかる、ミセス・D? そいつがどんなめちゃくちゃをやらかしても、お父さんは帰ってきた息子を見て大喜びしたんだ」
「でも、それはどのくらい続くかしら」ペネロピーは訊ねた。「息子自身は何も変わっていないわけだし、お父さんは、息子がまたむちゃくちゃを始めても、まだ、その子が近くにいることを喜んでいられるかしら?」
テリーは考えこんだ。「いられるんじゃない? そりゃ、ときどき口げんかはするかもしれないし、一緒の家で暮らすのは無理かもしれないけれど、でもお父さんは、その子が死んだと思っていたときほどは、不幸じゃないと思うんだよ」
ミネット・ウォルターズ、『囁く谺』、東京創元社、2002年4月26日発行、350ページ
放蕩息子のお話はルカの福音書15章に出てくる有名なイエスさまのたとえ話です。弟である放蕩息子が帰ってきてめでたしめでたしですが、帰ってきた後のことをこのように想像するのはなかなか新鮮です。
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