キリストを着る
2016年6月4日(土)イエスは、神が肉となられた方ですが、私たち自身の体においてご自身を現し続けておられます。実に、まことの救いは「キリストとなる」ことです。
ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
202頁。
ガラテヤ3章27節には、キリスト者はキリストを着ているものである、と書かれています。またローマ13章14節には、キリストを着なさい、と書かれています。キリスト者は、キリストを着ているのだから、キリストを着なさい、ということです。
他のところに書かれているように、神の子とされたのだから、神の子となりなさい、ということです。
このキリストを着る、神の子となる、ということが、救いなのです。
行いではなく信仰によって救われるというのが、聖書の語る救いですが、救われてもなお救いの実感がないのは、この「キリストとなる」ということが希薄だからかもしれません。
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