裁きからの自由、憐れみ深さへの自由
2016年3月9日(水)他の人々について判断するのに多くのエネルギーを費やします。
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「人を裁くのは重い苦しみだ。一方、人に裁かれるのは軽い苦しみだ」と砂漠の教父たちは言いました。人を裁かねばという思いから一度離れると、限りない内的自由を経験することでしょう。一度裁くことから自由になると、人に対して憐れみ深くなる自由を味わうでしょう。ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
107頁。
裁かないことは、相手に対しての憐れみの心から生れるのではなく、自分自身が解放されるために必要なことです。自分自身が解放されることによって、憐れみの心が生まれるのです。
つまり
憐れみの心 → 裁かない心 → 解放された心
ではなく
裁かない心 → 解放された心 → 憐みの心
という感じでしょうか。
キリストの十字架は、裁きをご自身に向けられた神さまの姿です。
私たちはキリストの十字架を知ることによって、裁かない心をいただきます。
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