〔男と女〕
2015年9月9日(水)
だが男の横暴と女の隷属が本当になりうるところでは、いつの日かいずれにせよ女の反逆と女に対する男の弱さが、男の依存が本当になるに違いないし、なるでしょう。
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優位を守らなければならない者、そのために戦わなければならない者は、彼がそれを失っているかあるいは全く持っていなかったということ、哀れな腰抜けであるということを示しています。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小槌千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、485ff。
自分の優位を守らなければならないという時、そのために戦わなければならない時は、それが失われているのです。しかしそれが失われたのは、奪われたからでしょうか。奪われたのではなく、自分が手放したからではないでしょうか。
男性として、女性として、その役割と責任をしっかりと自分の手につかんでいるならば、そして神さまがそのことを助けていてくださることを信じているならば、戦う必要などありません。ただひたすら自分を大切に、また相手を愛し尊敬して生きていればいいのです。
依存しているから戦わなければならないのです。もっと自由にもっと明るく愛に生きるようにと神さまはまねていてくださいます。
(祈り)
神さま、あなたの恵みに満たされていることを教えてください。
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