「早起は人間終身の一業たり。是れ固より少壮の時と限らざるも、少壮の時尤も肝要なり。少壮其力日の昇るが如し。故に其気力を起し謹んで静かに日の出づるを迎ふべし。間々或は奉職の異るありて、人皆其起臥の一定する能はざるも、人の能はざるが為めに大法自体の変ずる事あらじ。其職務の已むを得ざる時は、臨時の法に於て特殊の守護を與へられむ。」

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「早起は人間終身の一業たり。是れ固より少壮の時と限らざるも、少壮の時尤も肝要なり。少壮其力日の昇るが如し。故に其気力を起し謹んで静かに日の出づるを迎ふべし。間々或は奉職の異るありて、人皆其起臥の一定する能はざるも、人の能はざるが為めに大法自体の変ずる事あらじ。其職務の已むを得ざる時は、臨時の法に於て特殊の守護を與へられむ。」

新井奥邃、『聖言』、146

「早起きは人間が一生涯取り組むべき一つの業である。これはもとより若く元気の良い時に限ることではないが、若く元気な時こそもっとも大切なことである。若者のその力は太陽が昇るようである。よってその気力を起して謹んで静かに太陽が出るのを迎えるべきである。時にはひょっとすると与えられている職務が異なることがあって、人がみな起床と就寝が一定となることができないかもしれないが、人ができないからといって、大きな法則自体を変えることはない。その職務が終わらない時は、臨時の法則によって特別な守りを与えられる。」

 早起きは大切なことです。とくに若い人にとって早起きは大切なことです。若者の力は、太陽が昇るように力強いものですから、早起きによって太陽の昇る姿を全身をもって受け止めることは素晴らしい経験となるのです。
 もちろん早起きができる環境にいる人ばかりではないでしょう。三交代の勤務も夜勤も大切な職務です。しかしだからといって早起きの法則をないがしろにすべきではありません。早起きができない環境であっても、神さまの恵みのみ手は豊かにあります。
 「大法」とは文脈では「早起」のことだと想像しますが、神さまの愛というもっと大きな法則もありますから、そのことも忘れてはならないことでしょう。
 年を取ると早起きがあまり苦にならないのですが、若い人こそ早起きの素晴らしさを学ばれるとよいでしょう。

〔聖書の個所〕

朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼していますから。私に行くべき道を知らせてください。私のたましいはあなたを仰いでいますから。
(詩篇143編8節)

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