「ああ吾人をして早起せしめよ、早起は亦正気を起すの一道なり。早起に備えあり。寐ぬる時に寐ぬる事是れなり。時にして寐ねざれば、時に及んで起くる能はず。若し時に及んで起きずんば常に邪気の獲となる。故に人若し清明にして快然たる気を持せんと欲せば、儆醒して早起すべし。此れ其一道なり。」
新井奥邃、『聖言』、145
「ああわれら早起きをしようではないか。早起きは正しい心を持つための一つの方法である。早起きするところに備えがある。眠る時にはしっかりと眠ることである。眠る時に寝ないならば、時が来ても起きることができない。もし時が来ても起きることができないならば、邪気のとりことなってしまう。ゆえに人はもし清らかで健やかさ持ちたいと願うならば、いましめをもって覚醒し早起きするべきである。これがその一つの方法である。」
早起きは三文の徳といいますが、朝早く起きることは、心身を健やかに生きるための大切な一つの方法です。惰眠をむさぼるならば、健やかに生きることが難しくなってしまうのです。
早起きすることは、自然にできることではありません。自分を律することが必要です。また夜はできるだけ早く休むことも必要でしょう。夜にしっかりと休むことができるように、日中は肉体を使って疲労することも大切となってきます。
朝は誰にも邪魔されずに心を静かにすることができ、そうして余裕をもって一日を始めることができます。そうして始まった一日はおのずと健やかな一日になるのです。
〔聖書の個所〕
朝にあなたの恵みを聞かせてください。私はあなたに信頼していますから。私に行くべき道を知らせてください。私のたましいはあなたを仰いでいますから。
(詩篇143編8節)
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