「不協、不同、不一、不致、以て事の成るべきなし。不謙、不虚、不感、不謝、以て徳の修まるべきあらず。」

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「不協、不同、不一、不致、以て事の成るべきなし。不謙、不虚、不感、不謝、以て徳の修まるべきあらず。」

新井奥邃、『聖言』、132

「ともに心と力を合わせ、助け合って仕事をすることがないならば、事が実現するということはない。謙遜と感謝がないならば、人の生きる道を悟り、他人を感化するような人格を築くことはできない。」

 人間は何らかの自己主張を持っています。ひとりで生きているならばそれだけでいいのかもしれませんが、誰かと共に生きようとすると、協力すること、一致することが要求されてきます。そのためには、自らの主張を曲げたり、引っ込めたりしなければなりません。それは自分に死ぬことです。そうしてはじめて何かを為すということが起こります。
 家庭でも職場でも学び舎でも、この自分に死ぬことによって、協力や一致を生み出し、そうして何かがなされていくのです。
 徳を修める、修得すること、すなわち人の生きる道を悟ること、他人を看過するような人格を築くということは、ことさら強い主張を持つことのようですが、それは逆で、謙遜と感謝が不可欠です。謙遜と感謝に生きる姿は一見、弱く何の主張もないように見えるかもしれませんが、そのような人格こそ徳を修得した者の姿です。

〔聖書の個所〕

さて、兄弟たち。私は、私たちの主イエス・キリストの御名によって、あなたがたにお願いします。どうか、みなが一致して、仲間割れすることなく、同じ心、同じ判断を完全に保ってください。
(第1コリント1章10節)

ですから、愛されている子どもらしく、神にならう者となりなさい。また、愛のうちに歩みなさい。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。あなたがたの間では、聖徒にふさわしく、不品行も、どんな汚れも、またむさぼりも、口にすることさえいけません。また、みだらなことや、愚かな話や、下品な冗談を避けなさい。そのようなことは良くないことです。むしろ、感謝しなさい。
(エペソ5章1~4節)

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