「神の道は口上に在らず、又形式に在らず。実悦実楽に在り。而して是れ人に於て多量の物ならず、只一滴一粒、而して足る。足らざるなきなり。」

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「神の道は口上に在らず、又形式に在らず。実悦実楽に在り。而して是れ人に於て多量の物ならず、只一滴一粒、而して足る。足らざるなきなり。」

新井奥邃、『聖言』、99

「神さまを信じて歩む人生とは、言葉の上にあるのではない。また実際を伴わないうわべの形の上にあるのでもない。実際的な喜びであり実際的な幸福にある。だからこそこれは一人の人においては多くの物が必要なのではない、ただ一滴、ただ一粒があれば、十分である。足りないことはまったくない。」

 神の道とは、神さまを信じて生きる人生のことでしょう。それは机の上のことではありません。実際の生活の中に喜びと楽しみを生み出すものです。それには、多くの物は必要ではありません。ただ一つのことがあれば十分なのです。その一つのこととはいったいなんであるのか。人生に実悦実楽をもたらす一つのこととはいったい何なのでしょう。
 新井奥邃の場合、それは聖書の言葉ではないかと思います。あるいはまた御言葉そのものであるキリストへの信仰ではないかと思います。

 このことばは、「聖言38」と同じものではないかと思われます。

 

〔聖書の個所〕

だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。
(マタイ6章33~34節)

主は答えて言われた。「マルタ、マルタ。あなたは、いろいろなことを心配して、気を使っています。しかし、どうしても必要なことはわずかです。いや、一つだけです。マリヤはその良いほうを選んだのです。彼女からそれを取り上げてはいけません。」
(ルカ10章41~42節)

苦しみゆえの激しい試練の中にあっても、彼らの満ちあふれる喜びは、その極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て、その惜しみなく施す富となったのです。
(第2コリント8章2節)

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