神の事柄(こと)と人の事柄(こと)は一体をなしている

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〔我らの御父 主の祈り〕
2015年2月28日(土)

最初の願いは、他と同様不可欠な最後の三つの願いがなければ、きっと存在しないでしょう。最後の三つの願いを祈り続けようとしない人は、誠実に祈らないのです。
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イエス・キリストがご自分と一緒に祈るよう私たちを招いておられるから、キリストにおいてこれら二つの事柄はただ「一つの事柄」となっているからです。従って、主の祈りにおいて、双方の間の「相違」と、だが「その統一を」も理解することが重要です。
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キリストは神がその祈りを聞き届ける方であり、キリストの祈りは世の初めから、永久から永久に聞き届けられています。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、128f。

神さまのことと、人のことを切り離してはいけません。どちらか一つということではないのです。
私たちは、神さまのことと、人のこととを、一つのこととして祈ります。
私たちは、天を押し曲げて降りて来てくださり、天の御国は近づいたと語ってくださったお方であるイエスさまのお名前によって祈ります。

今私の必要に、全能の神さまが答えてくださるのは、ただこのお方、イエスさまによって祈るからです。私たちはイエスさまを見上げて、それがすでにかなえられていることを確信します。

(祈り)

神さま、すべてのことがあなたのみ手の中にあることを感謝します。

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