洗礼の力はイエス・キリストの言葉と業

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〔イエスの洗礼と私たちの洗礼〕

2015年1月14日(水)

洗礼を受ける誰もが、キリストと共に天が開いているのを見、キリストと共に御父の声を聞き、キリストと共に聖霊に与っていると期待してよいのです。そこからして洗礼は、父と子と聖霊の御名による洗礼と言われるのです。
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洗礼を力強くするのは、イエスの制定、御言葉と御業であるがゆえにこそ、今当然強調されなければならないのは、主の自由な御言葉と御業であります。
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洗礼は常にキリストご自身の個人的な、したがって自由な御業の力であります。洗礼は、その成就をキリストご自身だけが遂行できる約束であります。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、46f。

洗礼は「水」という物素を用いて行われるキリスト教の儀式です。教会では典礼、あるいは聖礼典と呼ばれます。私も数十年前にびわ湖で洗礼に与りました。

全身を水に浸す「浸礼」、水を数滴たらす「滴礼」、水を灌ぐ「注礼」「灌水礼」があります。聖書の時代の方法を大切に考えて浸礼でなければならないとする教会もありますが、一番大切なことは、イエスさまのお働き、すなわちイエスさまの制定とみ言葉と御業ですので、かたちは何れであってもよいとする教会も多いです。水に全身をつけるということが、神道で行なわれる禊ぎ(みそぎ)のイメージと重なるので、あえてみ言葉を強調するために滴礼や注礼を大切にする教会もあります。

私たちの教会では講壇の後ろに「洗礼槽」があります。畳一畳ぐらい、深さは1メートルぐらいの水槽です。ふだんは空っぽですが、洗礼式のときには事前に水をはっておきます。

洗礼を受けた者は、キリストと共に天が開いているのを見ます。
洗礼を受けた者は、キリスト共に御父のみ声を聞きます。
洗礼を受けた者は、キリストと共に聖霊に与っていると期待します。
すべて洗礼を受けた者はこのような恵みの中に生かされています。

(祈り)
神さま、洗礼の恵みに与らせていただいたことを心から感謝します。きょうもあなたの栄光を拝し、み声を聞き、聖霊さまとともに歩むことができることを感謝します。

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