助けを求めている敵

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2014年2月3日(月)

もしその敵が飢えているならばパンを、渇いているなら水を、弱っているなら助けを、そしてまた祝福を、憐れみを、敵を愛する愛を与えなさい。敵というのはまさにそうされるにふさわしい人間なのだ。
・・・
自分の憎しみと脅迫にもかかわらず相手に愛しか見いださず愛のほかになにも見いださない者は、やがて懺悔の燃えるような苦しみに襲われることになる。神はこの苦痛をわれわれに教えてくれた。われわれがその苦痛を感じた時こそ悔改めの時なのである。
・・・
どうしたらわれわれは悪に勝てるのであろうか。われわれが悪を限りなく許すことによってである。それならば、どうしたらわれわれは悪を限りなく許すことができるのであろうか。それはわれわれが、その人を真理のうちにある者とみなすことによって、その人のためにキリストが死なれた者とみなすことによって、キリストの愛している者とみなすことによってである。

ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、60頁f。

今月のJAFメイトの「大杉正明のグッとくる英語」に
「Be kind to unkind people. They need it the most.」(Ashleigh Brilliant)
とありました。(JAFメイトでしか知らないのですが、この英語の先生はなかなか素敵です。こんな先生に教えてもらえていたら英語が苦手でなくなったかも知れません。ご友人に神父さんがおられるようです。)
このひとのためにもイエスさまは十字架にかかられたのだとみなすこと。
いつもその視点が必要です。

(祈り)
神さま、敵を愛する愛を私に与えてください。

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