2014年1月22日(水)
「平和をつくり出す人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。」(マタイ5:9)イエスの弟子たちは他の人たちを苦しめるよりはむしろ自分自身が苦しむことによって、平和を保持しようとする。他の人が交わりを破壊するところで、彼らはそれを維持する。彼らは自己主張を放棄して、憎悪や不正にたいして沈黙を守る。このようにして彼らは、善をもって悪に打ち勝つ。このようにして彼らは、憎悪と戦いの世界にあっても、神の平和の建設者となるのである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、39頁。
イエスさまはまことの平和を私たちに与えてくださいます。イエスさまご自身こそ平和です。イエスさまは十字架と復活において平和をつくってくださいました。
ですから主の弟子である私たちも十字架を担うことによって平和をつくる者とならせていただきましょう。
「憎悪や不正に対して沈黙を守る」ことが平和をつくることだとボンヘッファーは語ります。十字架を担う者だけができることだと思います。
まことの平和をいただいたものだけが十字架を担うことができます。
きょうもイエスさまと共に歩みたいと思います。
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