また、突然やって来る死もあるかもしれません。このような場合に、私たちは重大な影響を受けるのです。しかし、そうしたことは神のご計画でもあります。主は私たちの感情を消し去ろうとしているのではなく整えてくださいます。
ペトロの手紙第1、1章6節
2013年11月9日(土)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
334頁
死は悲しみです。
信仰があるならば死がまるで悲しみでないかのようにふるまうのが信仰的であるとする教会やキリスト者がいるとすればそれは聖書的ではありません。死は悲しみなのです。
死の悲しみ、死の痛みを知らない者は、キリストの十字架の苦しみもわかりません。
キリストの十字架の苦しみは私たちの罪のためですから、結果自分の罪の深さ、恐ろしさ、重大さもわからないのです。
死をしっかりと悲しむことができるのが聖書的信仰です。
そのしっかりとした悲しみの向こうに、またしっかりとした希望があります。
死をしっかりと悲しむことによってこの希望に向かって整えられていきます。
希望に向かって整えられたものは、より深く豊かな人生を生きることができます。
死は私たちの人生を整えてくれるのです。
神さまは私たちに死を送ることによって私たちの人生を整え、神を愛し隣人を愛する者へと私たちを導いてくださるのです。
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