あなたが「だれをもそしら」ない〔テトス3章2節〕と決断したのならば、もう一つの教えを学びなさい。それは「だれの悪口も聞くな」ということです。もし聞き手がいなければだれも語りません。盗品を受け取る者も強盗と同じように悪いのです。それゆえに、あなたが聞くことによって、だれかが悪口を語るならば即座にそれをさえぎりなさい。そして聞くことを拒否しなさい。
箴言18章8節
2013年10月24日(木)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
317頁
箴言によると「陰口は食べ物のように呑み込まれ、腹の隅々に下っていく」(新共同訳)ということです。新改訳によると「陰口をたたく者のことばは、おいしい食べ物のようだ。腹の奥に下っていく。」と訳されています。
私も「ここだけの話ですが」などと前置きをして話すことがありました。誰かを守るためにそのように語ったつもりですが、それは反省すべき点ではないかと思わされます。
裏も表もない生き方をしたいと願います。
誰かが陰口を語るのは、ここだけの話で悪口をいう場合ということでしょうか。
それを聞いてはいけないとウェズリーは語りました。聞かないようにするのです。
そのことがをさえぎるのはなかなか勇気がいりますし、難しいことです。
少なくともそのような場所から逃げるようにしたいと思います。
さえぎれず逃げられない時は小さな抵抗かもしれませんが、一言「そのように考えておられるのですね」とかさらには「それはどうなんでしょうね」などと抵抗できたらいいなあと思います。
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