イエスさまと苦しみを共に

執筆者:

カテゴリ:

手遅れにならないように、すぐに自己否定を実践しなさい。

テモテへの手紙第2、2章3節
2013年9月27日(金)

『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
288頁

自己否定という言葉は、あまり好まれない言葉だと思います。むしろ自分を生かす、とか、自己実現という言葉のほうが好まれますし、自己受容とかセルフエスティームという言葉のほうがはやりだと思います。

しかしウエズリーは、自己否定という言葉を使うようです。

自己否定の意味を思いめぐらすのに、その反対の言葉を少し考えてみましょう。例えば、自己主張という言葉があります。私はこう思っているということを主張することですが、自己否定はその反対で、自分を殺すのです。たとえ思っていることがあっても、それを発言しそれに生きることをやめるのです。

イエスさまの立派な兵士としてイエスさまとともに苦しみを忍ぶ生き方は、決して思っていることをただ黙っているという生き方ではないと思いますが、語るにしても黙っているにしてもそこにイエスさまと苦しみを共にするという心があるかどうかが大切なポイントではないかと思います。

あまりにも多くの場合、私たちはイエスさまと苦しみを共にしたくないばっかりに、語り、時に黙っているのです。まことの人生を歩むためには、イエスさまと苦しみを共にするという信仰が必要です。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA