喪失体験にともなう悲しみは自然の感情であり、年月をかけてゆったりと一つの流れのように少しずつ癒していくことが肝心なのである。
藤掛明、『雨降りの心理学』、燃焼社、2010年8月5日発行、128頁
洗い流しのイメージは、個人の身体感覚だけではない。それに加えて、より大がかりに、自分が置かれている環境全体も洗い流される対象となることがある。その場合は、個人の身体の代わりに、家屋や、街並、あるいは林や山々などの自然までもが雨にさらされ、洗い流されるのである。それは個人の特定の課題に限らない、もっと大きな生き方、人生観全体の再編成をも意味するようなことが多い。そしてそれは急激にある節目で起こるものというより、一定の時間をかけてじっくりと起きるのである。
藤掛明、『雨降りの心理学』、燃焼社、2010年8月5日発行、137頁
人は語りながら自分の運命を受け入れる準備をするのである。
藤掛明、『雨降りの心理学』、燃焼社、2010年8月5日発行、144頁
積み残してきたことを、あるときに整理をし見つめ直し、それが再出発につながっていく。時間をかけてじっくりと、ゆったりと、洗い流されていく。
語りながら。
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