この愛がなければ神の目にとってどのような雄弁も、すべての知識、信仰、業そしてすべての苦難も価値がなく、騒がしいどらややかましいシンバルと同じだというのです。
コリント人への手紙第1、12章31節
2013年6月1日(土)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
166頁
どのような賜物も愛がなければ価値がありません。
愛を熱心に求めましょう。それ以外のことはそんなに大事なことではありません。
私の語る言葉、行動、一挙手一投足に愛があるかないか。それが問題です。それ以外のことはそんなに大切なことではありません。
愛を追い求めましょう。
どうしてパウロはこのようなことをコリント人への手紙に書いたのでしょうか。
それはコリントの教会に、そして初代の教会に、愛のない賜物をいたずらに求める状況があったからでしょう。
今日の教会はどうでしょうか。様々な賜物、活動、現象が求められています。しかし愛がなければそれらは何の意味もありません。そのことをどれだけ学んでいるでしょうか。
愛がなければ、キリスト信仰ではありません。愛がなければ教会ではありません。
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