彼らの満ちあふれる喜びと極度の貧しさは、苦しみによる激しい試練の中にあってもあふれ出て、惜しみなく施す富となりました。

静まりの時 第二コリント8・1~7
日付:2023年11月10日(金)

「さて、兄弟たち。私たちは、マケドニアの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせようと思います。」(1)

 「マケドニアの諸教会」。マケドニアとはバルカン半島の北部あたりということですので、現代のギリシャの北部や北マケドニア共和国あたりということです。異邦人の地域です。そこにイエスさまを信じる人たちが生まれ教会が生まれました。
 その教会に、神さまは恵みを与えて下さいました。この恵みをあなたがた、すなわちコリンの教会の人たちに伝えようと思う、とパウロは語ります。

 神さまがマケドニアの教会に与えて下さった恵みとはどのような恵みであったのか。

「彼らの満ちあふれる喜びと極度の貧しさは、苦しみによる激しい試練の中にあってもあふれ出て、惜しみなく施す富となりました。」(2)

 マケドニアの教会には、「満ちあふれる喜びと極度の貧しさ」があった、それが「苦しみによる激しい試練の中」にあっても「あふれ出て、惜しみなく施す富」となった、と言います。神さまが与えて下さった恵みとは、献げる恵み、であった、ということでしょう。
 恵みというと、自分が受ける、ということを想像しますが、ここでは、献げる、すなわち私から他者へ、ということが、恵みである、と語っています。おおよそこの世の常識とは真逆のことでしょう。

 どうしてそのような、献げる恵み、に生きることができたのか。それは彼らには、「満ちあふれる喜びがあった」からだ、といいます。信仰を持つということは、このあふれる喜びに生きるということです。
 また彼らには、「極度の貧しさ」がありました。極度の貧しさが、献げる恵みに生きるようにした、というのです。普通、豊かさが、献げることを生み出すように思いますし、それがこの世の常識だと思います。しかしイエスさまを愛する者は、むしろ貧しさこそが、献げる原動力である、というのです。
 貧しさとは、ただ経済的に困窮している、ということだけではないでしょう。本当に何も持っていなければ献げることは不可能です。貧しさとは、自分が裸でこの世に生まれてきたということを知っている者ということではないかと思います。いま自分の手にあるものはすべて神さまからいただいたものであることを知っている、ということではないかと思います。だからこそ、それを更に困窮する人たちに分かち合わずにはいられなかった、ということでしょう。
 この分かち合われたものが、惜しみなく施す富となりました。

「私は証しします。彼らは自ら進んで、力に応じて、また力以上に献げ、聖徒たちを支える奉仕の恵みにあずかりたいと、大変な熱意をもって私たちに懇願しました。」(3,4)

 惜しみなく施された富は、聖徒たちを支えるものとなりました。それは「聖徒たちを支える奉仕」であるといいます。奉仕なのです。そしてその奉仕そのものがまた「恵み」であると言います。そのような恵みに自分たちもあずかりたい、と彼らは「大変な熱意をもって」パウロたちに「懇願」しました。
 聖徒というのは、神さまのものとされた人、ということですから、キリスト者すべてのことを指しています。しかしこの場合、ことさら、必要を覚えている奉仕者のことを指しているように思います。いずれにせよ教会の前進、福音の前進のために、ということでしょう。
 具体的な献げ物はもちろんですが、このようなマケドニアのキリスト者の姿に、パウロたちはどんなに励まされたことでしょう。

「そして、私たちの期待以上に、神のみこころにしたがって、まず自分自身を主に献げ、私たちにも委ねてくれました。」(5)

 彼らの献げる恵みによる奉仕は、パウロたちの「期待以上」のものでした。そのことは、「神のみこころにしたがって」なされたものでした。決して彼らの人間的な熱意によるものではなかったのです。ですからそれは、何よりも「自分自身を主に献げ」ることでした。おおよそ、自分を主に献げる、ということが、献金においても奉仕においてもその土台なのです。どんなにたくさんの物が献げられても、どんなに立派な奉仕がなされても、自分自身を主に献げることがないならば、それらは空しいもの、空っぽのものです。「あふれるばかりの富」ではありません。逆にどんなに小さなものであっても、自らを主に献げ尽くしている者の献金や奉仕は、「あふれるばかりの富」なのです。
 そしてそれは、具体的に「パウロたちにも委ねる」ということになりました。そこにはパウロたちへの信頼が見えます。今日も教会に献げられる献金も奉仕も、役員をはじめ担当の方々が管理してくださっています。そこには、お互いへの信頼が土台となっています。

「それで私たちは、テトスがこの恵みのわざをあなたがたの間で始めたからには、それを成し遂げるようにと、彼に勧めました。」(6)

 マケドニアで行われたこの「恵みのわざ」を、弟子のテトスが、コリントでも始めたのでしょう。それを知ったパウロたちは、テトスに、それを成し遂げるように勧めました。いまコリント教会でテトスが行ない始めたことは、テトスが勝手にやっていることではない、パウロたちも勧めていることである、教会というところであれば行われるべきことなのだ、教会のあり方としてとても大切なことなのだ、とパウロは語ったのでしょう。コリントの教会に奉仕するテトスにとってはこのパウロの言葉は大きな励ましだったと思います。
 ちなみにこの「恵みのわざ」と訳されている言葉ですが、「慈善の業」(新共同訳)、「募金」(口語訳)、「慈恵(めぐみ)」(文語訳)、「慈善」(バルバロ訳)、「『人助け』」(フランシスコ会訳、1989)、「『援助』」(フランシスコ会訳、2011)と、バリエーションが豊かです。原文ギリシャ語では「カリス」という言葉です。カトリック教会では、聖杯のことを「カリス」というそうです。

「あなたがたはすべてのことに、すなわち、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちからあなたがたが受けた愛にもあふれています。そのように、この恵みのわざにもあふれるようになってください。」(7)

 コリントの教会は、「信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも」そして「愛にも」あふれている、とパウロはいいます。決してお世辞ではないと思います。その通りなのだと思います。それらと同じように「この恵みのわざ」にもあふれるようになってほしい、とパウロは願いました。すなわち、献げる恵みに、あふれるようになってほしい、と願ったのです。