その人はその町の門の入り口に立ち、その町の長老たちに聞こえるようにその事情を述べよ

静まりの時 ヨシュア20・1~9
日付:2023年08月19日(土)

 主はヨシュアに告げられた。
「イスラエルの子らに告げよ。
『わたしがモーセを通してあなたがたに告げておいた、逃れの町を定めよ。意図せずに誤って人を打ち殺してしまった殺人者が、そこに逃げ込むためである。血の復讐をする者から逃れる場所とせよ。人がこれらの町の一つに逃げ込む場合、その人はその町の門の入り口に立ち、その町の長老たちに聞こえるようにその事情を述べよ。彼らは自分たちの町に彼を受け入れ、彼に場所を与える。そして彼は彼らとともに住む。たとえ血の復讐をする者が彼を追って来ても、その手に殺人者を渡してはならない。彼は隣人を意図せずに打ち殺してしまったのであって、前からその人を憎んでいたわけではないからである。その人は会衆の前に立ってさばきを受けるまで、あるいはその時の大祭司が死ぬまでその町に住む。その後で、殺人者は自分の町、自分の家、自分が逃げ出した町に帰って行くことができる。』」
 彼らはナフタリの山地のガリラヤのケデシュ、エフライムの山地のシェケム、ユダの山地のキルヤテ・アルバ、すなわちヘブロンを聖別した。ヨルダンの川向こう、エリコの東の方ではルベン部族から台地の荒野のベツェルを、ガド部族からギルアデのラモテを、マナセ部族からバシャンのゴランをこれに当てた。これらはすべてのイスラエルの子ら、および彼らの間に寄留している者のために設けられた町である。すべて、誤って人を打ち殺してしまった者がそこに逃げ込むためであり、会衆の前に立たないうちに、血の復讐をする者の手によって死ぬことがないようにするためである。
(ヨシュア20・1~9)

 「彼は隣人を意図せずに打ち殺してしまったのであって、前からその人を憎んでいたわけではないからである」(5)。

 殺人事件を、殺人罪かそれとも過失致死罪かに分類したということでしょうか。古代の社会において先進的な量刑の考え方に驚きます。
 この逃れの町の考え方は、すでにモーセを通して語られていたことでした。約束の地に入った時に、再び神さまはヨシュアに語られ、それを実現するようにされました。

 「その人は会衆の前に立ってさばきを受けるまで、あるいはその時の大祭司が死ぬまでその町に住む」(6)。

 逃れの町にはいつまでも住むということではなかったようです。裁判のときまで、あるいは、その時の大祭司が死ぬまで。裁判の時まで、という期限。そして大祭司が死ぬまで、という期限。大祭司は現代でいうと裁判官のような存在でしょうか。大祭司が死ぬまで逃れの町に住む。大祭司が死ぬと自分の町に帰ることが出来る。大祭司の命の期間が、逃れの町に住む期間となった、ということになります。復讐者から守られるために逃れの町に住んだということであれば、復讐者の命が尽きれば帰ることが出来る、ということのほうが理屈に合っているような気もします。しかし大祭司の命を逃れの町に住む期間とした、というには何らかの深い意味があるのだと思います。
 命は神さまのものです。神さまはだれもがその命を大切に生きることを願っておられます。そうであればその命が左右される重大な期間を、人間の都合ではなく、神さまとの仲介者として立つ大祭司の命の期間によって定めようとしたことは、大切なことなのかもしれません。逃れの町に逃れてきた殺人者にとってみれば、自分の命、あるいは自分の人生と大祭司の命、人生が一つになったようなことでしょう。

「したがって、神に関わる事柄について、あわれみ深い、忠実な大祭司となるために、イエスはすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それで民の罪の宥めがなされたのです。イエスは、自ら試みを受けて苦しまれたからこそ、試みられている者たちを助けることができるのです。」(ヘブル2・17,18)

 まことの大祭司であるイエスさまは、私たちを永遠の命に生きるものとするために、世の終わりまでともにいてくださいます。