静まりの時 レビ記25・8~12
日付:2023年08月15日(火)
あなたがたは五十年目を聖別し、国中のすべての住民に解放を宣言する。これはあなたがたのヨベルの年である。あなたがたはそれぞれ自分の所有地に帰り、それぞれ自分の家族のもとに帰る。
(レビ記25・10)
「ヨベルの年」。7年目の安息年をさらに7回数えて49年。そして50年目がヨベルの年。人生の変化の中で、富む者、貧しくなる者、所有地から移動を強いられたもの、望んで移動した者、さまざまな違いが生まれました。しかし50年目にはそのすべてが元通りになる。ある人にとっては恐ろしいことであり、ある人にとっては感謝なことだったと思います。
ファミコンが発売されて今年で40年とのこと。テレビゲーム機にはリセットがあって、もともと機械の不具合を修正するためのものだったと思いますが、たとえゲームが思い通りに進まなくても、またもう一度最初から始めることができるスイッチでもありました。リセットするとそれまでのことがまるでなかったかのようにまた最初からゲームが始まります。ヨベルの年は、そんな人生のリセットスイッチのようなものでしょうか。
解放を待ち望む人たちにとっては、50年を数えることは希望に結び付いていたことだったでしょう。時間を戻すことはできませんので、文字通り人生をリセットすることはできません。しかし再出発のチャンスを備えている、という社会にあり方は大切なことではないかと思います。
50年というと気が遠くなるような年月ですが、私たちはある意味で日々リセットのチャンスをいただいています。一日を終え、睡眠、そして新しい朝。新しい一日。
「実に主は愛する者に眠りを与えてくださる。」(詩篇127・2)
「主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてはならぬものを与えられるからである。」(口語訳) (新改訳第3版もこれに準じていたでしょうか。)