神はすべての人の手を封じ込められる

静まりの時 2022年12月10日(土)
ヨブ37・6~13

神は雪に対して、地に降れと命じ、
夕立に、激しい大雨にも命じられる。
神はすべての人の手を封じ込められる。
神の造った人間が知るために。
・・・
神は、懲らしめのため、ご自分の地のため、
または恵みのために、これが起こるようにされる。
(ヨブ37・6~13)

 ヨブと3人の友人との対話が終わると、エリフという人物が登場します。エリフは、ヨブに対しても、また3人の友人に対しても怒りをもって語り始めます。
 エリフの語る内容はそれほど目新しいことはないのかもしれませんが、だからこそ意味があるのかもしれません。私たちは目新しいことに意味を見出すことが多いのだと思いますが、私が目新しく感じるかどうかは、あまり重要なことではないのかもしれません。

 エリフは語ります。

「神はすべての人の手を封じ込められる。
神の造った人間が知るために」(7)

新共同訳、共同訳2018では以下の通りです。

「人の手の業をすべて封じ込め
すべての人間に御業を認めさせる」(7、新共同訳)

「神がすべての人の手を封じるので
人々は皆その御業を知る」(7、共同訳2018)

 結局、神を神とする、自らは人間であることをわきまえる、ということが語られているように思います。人間が健やかに生きるためには、自らが人間である、ということをわきまえること。それは神にならない、ということだと思います。そのためには、まず神を神とする、ということが大切である、ということです。神を神としないで、自らが人間であることをわきまえて生きようとしても、結局自分が神になってしまいます。